旅行・地域

2006年9月28日 (木)

天川

ずいぶん長い間ブログを更新できなかったが、大きな仕事が一段落ついて、やっと時間ができた。ほっとしたのはいいが、終わってみると心身ともに疲れ切っているのに気づく。体中がこわばり、何日寝ても治らない。というわけで、リフレッシュのため一人旅をすることにした。行き先は奈良。国内では奈良はとりわけ好きな場所だ。古代史に多少でも詳しければ、何日いても飽きることはない。おまけに観光地のわりに田舎ののどかな雰囲気が残っており、自然にも恵まれ美しい。たたなずく青垣を眺めていると、心が時空を超えてしまう。

以前にも何度か来ている奈良だが、今回はこれまで行ったことのない神社を中心にまわった。一日目は山の辺の道を中心によく歩き、二日目は南部の山深く入って天川まで行った。ガイドブックは持って行かなかったが、山の辺の道はどの本にもよく載っている人気スポットだ。しかし天川まで足を伸ばす人はあまりいないし、情報もなかなか手に入らない。天川へ行くにはいちばん近い駅からバスで一時間以上かかる。しかもバスは一日に四本しか出ないので、逃したら大変だ。定規で引いたような吉野杉を横目に、バスは恐いほどどんどん山を登っていく。目的は天河大弁財天へのお参りである。この神社は飛鳥時代からあり、天武天皇によっていまの場所へ移されたという。かつて弘法大師はここに参詣してから修行に入り、真言宗をひらいたそうだ。高野、熊野、吉野という三大霊場のちょうど真ん中に位置し、霊的なパワーが強いとも聞いたことがある。そのパワーに少しでもあやかって、リハビリしたいという気持ちだ。

バスを降りると、品のいい赤い鳥居がすぐに見つかる。それをくぐるとすぐ池があり、きれいな鯉が泳いでいる。静かだ。手水を使い、橋を渡る。赤い手すりに鮮やかな色の青蛙が座っていた。目の前にある階段を上りきると、柵があり、右手に能舞台が見える。柵の中に入ってもいいのかというほど神聖な空気が漂っているが、めげずに中に入ると、能舞台の向かい側に弁天様が奉られていた。正確には木の階段を上がったところに奉られている。でもお祓いを受けた者でないと、上に上がることはできないので、下から見上げてただ目をこらすだけだ。どうやらお供えの向こう側に鏡のようなものが見える。五十鈴を鳴らして二礼二拍手。一人だったので、あれやこれやお話して、少しお願いもした。最後に深々とお辞儀をして、しばし能舞台の下に座る。そこでしばらくぼんやりと鏡のあたりを眺めていたら、どこからか白い山鳩が飛んできた。こちらをしきりと気にしながら、お供えの米をついばんでいる。目が合う。感動して思わず立ち上がったところで、他の参詣者たちが現れた。不意をつかれ、わけもなくあわてた。しかも参詣者の一人が、あろうことか土足で階段を上がっていく。もちろん鳥の姿はもうどこにもない。

すぐに私も立ち去った。実は近くに天の川温泉センターというのがあって、600円で温泉気分を楽しめる。左手に澄んだ天の川の流れを見ながら坂を上がると、ものの一分で着く。ちょうど他に誰もおらず、貸し切りだった。露天の岩風呂で山々を眺めながらのんびり浸かる。隣には内風呂もあって、いま話題の高野槙でできている。なんともいえずよい香りだ。さんざんくつろぐ。風呂から上がったら、広々とした畳敷きの休憩室もあるので、そこでほてりを冷ますことができる。私も景色を眺めながらお昼ご飯のおにぎりを食べた。すすきの穂が風にゆらゆら揺れている。一句詠む。

それからまた神社に戻って少し待ち、二時のバスで俗世間に帰ることにする。電車や新幹線を乗り継いで、まっすぐ東京へ。結局、東京駅に着いたのはなんと八時である。全部で六時間という計算だ。というわけで長旅ではあったが、心身ともにリフレッシュした。少なくとも不眠症は治った。御利益あり、だ。

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