文化・芸術

2009年5月 2日 (土)

仕事のBGMには

なかなかブログが更新できません。ひーひー言いながら仕事を続ける日々です。でも、仕事があるのはありがたいことだし、充実感もあります。やっぱり自分は仕事に邁進する人生が向いているのだな、と実感する今日このごろです。でも、特に仕事しない人生があっても別にかまわないと思います。人それぞれだと思います。近況といっても特にないので、最近仕事をしながらBGMに聞いているアルバムをいくつか紹介します。ほんとに最近のミュージシャンは知らないのですが・・・。

Duke JordanのFlight to Denmark
James Taylor QuartetのABSOLUTE
Lenny KravitzのCircus
ASWADのgreatest hits
The CardigansのLife
Ace of BaseのThe Sign
ABBAのGold
Astor PiazzolaのThe Vienna Concert
Sheryl CrowのTuesday Night Music Club
ほか、いろいろ。

James Taylor QuartetのABSOLUTEは本当におすすめなのですが、果たしていま手に入るのかどうか不明です。ところで、上のリストにはいちばん好きな曲が入っているわけではないです。たとえば、お気に入りのレッド・ツェッペリンやジャニス・ジョプリンは聞いていると仕事にならなくなるので、めったに聞けません。そういうものですよね。今日は丁寧語で書いてみました。では、また!

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2008年11月23日 (日)

描いたことは描いたけど

よ~やっとできました、自画像。思い通りにいかず、一日かけてもほとんど進まない、なんてことが何回もあったけど、ようやくフィニッシュしてもいいことになった。というか、私も先生も、ほとんどあきらめの境地に・・・。なにしろ、とても人さまには見せられないような、ひどい作品なのだ。今年に入って自画像のデッサンを始めたときは、うまくいきそうに思えた。でも油絵にシフトしてからは、半年以上たってもぜんぜんうまくならなかった。油絵で人物を描くのがこんなに難しいとは・・・。悔しいけれど、まだ実力が足りないんだから仕方ない。そもそも、先生は静物画を描かせようとしていたのに、私はもう静物に飽きていたので、一度だけ人物をやらせてほしいとお願いしたのだった。でも、結局は回り道になった。背伸びをするとかえって伸びが遅くなる。今回はそれをしみじみ感じる結果になってしまった。何枚も静物画を描いているうちに絵の具や筆の扱いに慣れて、そうしてやっと複雑なものが描けるようになるのだろう。何事も基礎が大事だという・・・うーん。ひょっとしてピアノの技術と同じなのかも。退屈なバイエルやツェルニーを通過しないとベートーベンやショパンに進ませてもらえなかったのは、こういうわけだったのか。退屈な段階でも楽しめて、どんどん練習できる人が、きっと才能ある人なんだろうな。そういう意味では、ピアノの才能は皆無だったなー。そんなわけで、今日は気持ちもあらたに静物のデッサンから始めた。先生が気をつかって、生き物に近い、きれいな巻き貝を選んでくださった。確かにおもしろいので、今回は楽しめそうだけど、この先おけいこがいつまで続けられるか、ちょっと不安・・・(笑)。

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2008年11月 7日 (金)

ひさびさに美術展

 よい日和だったのでピカソ展に行ってきた。国立新美術館は初めて行ったが、広々とつくってあるし、光がよく入るし、品がよくて好感。これで混んでいなければ最高なんだけど。
 今回は解説がわかりやすくてよかった。パリでピカソの絵を見たときは、いまひとつぴんと来なかったが、今回は巨匠を少し身近に感じられたように思う。とりわけ、ピカソが自画像をよく描いていたというのは発見。自画像でなくとも、絵の中に自分の姿を登場させることがよくあった。青の時代は自分を死者に重ね合わせて描いていたのが、やがて道化師と重ね合わせるようになり、さらにそれがミノタウロスという怪物になっていく。女を引き裂く怪物だ。それを頭に入れて見ていくと、とても面白いのだ。
 ピカソの仕事量はとにかく半端じゃない。生涯作品数は数万に及び、一説には8万点とも言われていて、もっとも多作な画家としてギネスにものっているらしい。異常なほどの仕事の鬼。量が一定の水準を超えると質が劇的に変化する、というのをどこかで聞いたことがあるけれど、年代順に絵を見ていくと、まさにその経過を目の当たりにしているような気分になってくる。そうして彼は常識を次々に打ち破り、結果的には絵の人物像が宇宙人みたいな姿に・・・。超越だ。でもそれでいて若いエネルギーを維持し続けた。今回は88才で描いたという、自分と女のキスを描いた絵のエロさと肉感とパワーに圧倒された。年をとると感性が衰えるなんて真っ赤な嘘だ。なんだか元気をもらったなあ。感謝。

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2008年6月24日 (火)

命を見た

 友達から「さいきん人生いろいろ迷うんだけど、こういうときは瞑想とかするといいのかな」というメールが来た。私もいろいろ揺れていたから、これって世代的な気分なのかな、と考えた。確かに瞑想をして何かインスピレーションとか勘みたいなものを得られるなら、その方法を知りたい。ホロスコープを読むようになって、長いスパンで自分を眺められるようになったのはよかったんだけど、具体的に「じゃあ、どっちの道を選ぶか」となると、星から答えをもらえるほどの力は私にはない。
 そんなときだから、自画像のデッサンをして自分と向き合う時間をつくったのはよかった。鏡の中の顔を見ながらそれを紙にうつしとっていくだけの、単純といえば単純な作業なんだけど、けっこう心臓がドキドキするような瞬間の連続だ。というのも、当初からあれこれ飾らず、何も考えないで素直に描こうと思ったからで、そうすると自分の心の裏側まで作品に出てしまうのではないかとちょっとこわくなったのだ。どちらかといえば自己嫌悪することが多いから、完成品は嫌な顔に仕上がるかなあ、なんて思ったり。ところができあがってみると、意外にも凜とした表情になった。やわらかな雰囲気みたいなものはないんだけれど、誇り高くて、自分を曲げない強さが感じられる。先生からも「堂々としてるね」とのお言葉。しかも、そうしようと思って描いたんじゃないのに、顔が「遠くを見て」いる! 目にもエネルギーがある! それを見たら、なんだか涙が出そうになるほどうれしくなった。自分の「命を見た」ようで。たとえ迷うことがあっても、結局は自分の行く道を信じてもいいんじゃないか、なんてことまで考えた。
 というわけで、なんとか自画像デッサンは完成。先生が「展覧会に出さない?」と気をつかって言ってくださったものの、来年もっとレベルが上がったら出すことにして、控えることにした。出すならこれから描く油絵で出したい。絵はこれからもずっと続けるつもりだ。ここのところのウツ気分が絵を描いて改善したところを見ると、どうやら絵は治療(ヒーリング)になっているらしい。

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2007年11月15日 (木)

芸術の秋

 昨日はフィラデルフィア美術館展に行ってきた。どの絵にも解説がプレートでつけられていて、わかりやすく、飾り方もシンプルで好感。ほとんどの絵がむきだしだったので、タッチなどが見えやすかった。混んでいたが、これは東京なので仕方ない。
 印象として、モネやルノアールの絵が多かった。やっぱり彼らの絵は色が繊細で学ぶところが多い。でも実のところ、もっとも好きなのはゴッホやゴーギャンだ。それからクリムトとフリーダ・カーロも好き。と言うと、だいたい傾向はわかってもらえると思う。だから当然、マティスも好き。いつも美術展に行くと、マティスのきれいな色づかいにはっとさせられ、強く印象に残る。フォービズム、私もいつか実践したい。日本語で「野獣派」って言ってしまうと、なんかすごいけど。
 美術展ではルソーの絵にも惹かれた。彼の絵は単純に見えるけれど、近くでよくよく見ると、実にいろいろな色を使って繊細に描かれているのがわかる。それと、面白かったのがアメリカの画家たち。さすがアメリカの美術館だけあって、アメリカ人画家の絵が充実していた。なんともチャーミングだったのが、マンハッタンで活動していたというフローリン・ステットハイマーの「ベンデルの春のセール」。バーゲンに集まる女性たちを描いたもので、赤を惜しみなく用いて、明るいアメリカらしさを表現している。描かれたのは1921年。まさにジャズ・エイジで、その時代の興奮まで伝わってくるようだ。ただし、この時代は世界大戦の記憶がまだ新しい頃でもあり、どのような思いで彼女がこれを描いたのか、想像してしまう。
 それからついでにシャガール展に寄って、いっぱい天使を見て、ほのぼのした。シャガールは、ユダヤ人としての負の歴史を目撃しながらも、悲しい絵ではなく、やさしく明るい絵を描き続けた。そういふ人に私もナリタイ。ポストカード何枚かおみやげに買って帰った。最近日が暮れるのが早い。早く人生が終わってしまう感じがして、冬の夕暮れはこわい。薄暗がりに、パチンコ屋がきらきら。早く帰ろう。帰ってケルアックの『オン・ザ・ロード』読もう。

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2007年10月 7日 (日)

金木犀の頃

 一年でいちばん好きな季節が来た。窓を開けると向かいの家の金木犀の木が見える。みかん色のちっちゃな花がたくさんついていて、風が吹くとぷんといい香りが漂い、部屋じゅうが秋の気配に染まる。
 絵はと言うと、下塗りを重ね続けて早や三回を過ぎた。色は自由でいいと言われたので、いまのところキャンバスは「芸術は爆発だ」状態。でもいまのところまだ「やばい人」とは思われていないようである。色で遊ぶのは、はっきり言って楽しい。
 ところで、この秋から中国語の勉強を始めた。勉強をスタートして一週間で、すでにその奥の深さに圧倒されている。しかも、おそらくいま習っているのは北京語であり、これとはかなり違う広東語という言語もあるので、たとえ北京語をマスターしたとしても、100%中国語ができるとは言いがたい。特に発音が英語以上に難しい。一つの音にいくつもの意味があるので、ちゃんと発音できないと通じないのだ。何億もの人々がこれを正確にやってのけているのかと思うと、つくづくすごいと思う。いー、あーる、さん、すー、うー、うーうーうううーーー硬直。挫折しそう・・・。 
 すすーっと日本語の本へ逃げる。
 この前ミチオ・カク著『パラレルワールド』の読破を目指したが、結局読み切れずに返却期限が来てしまったトラウマをひきずりつつ、ウェルベックの『素粒子』を読みはじめる。自分の限界を突破したいという思いにもやもやしながら、ふと理科の実験でおたおたしていた子供の頃(「なんのためにこんなことをするの?」と泣きそうになっていた)を思い出して、悲しい気持ちに。
 また逃げる。宮尾登美子の『櫂』を読む。美しい・・・。
 というわけで芸術の秋、読書の秋、語学の秋なのでした。再見(ツァイチェン)!

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2007年9月10日 (月)

ついに絵筆を握る!

 ついに油絵に挑戦できるところまで来た。おととい、白いキャンバスを前に生まれて初めて絵筆を握り、年がいもなく興奮! 半年以上もデッサンばかりやってきたから、感動もひとしおだ。まずは練習ということで、対象はりんごに決定。そこに石膏と銀の筒を組み合わせる(石膏は質感を出すのが難しそうだが・・・)。
 鉛筆で軽くデッサンを描いたあと、ベージュ系の色を使って「おつゆ描き」と呼ばれる下描きをする。だいたいの明暗をつけて全体を塗り分けていくのだ。下描きというより下塗りのような作業だが、こういうことが事前におこなわれるとはまったく知らなかったので意外。使用する色はだいたい黄色から茶色までの茶系の色で、仕上がりの色とはあまり関係がないようだ。なんというか、ニスを塗る前のめどめ作業のような感じだが、本来はいったい何のための作業なのだろう。私はずっと、赤なら赤をいきなり塗りつけるものだと思っていた。ということは、あの透明感あふれるモネの睡蓮も、明るいゴッホのひまわりも、表面を削っていくと下におつゆ描きがあらわれるのだろうか。だとしたら彼らは何色を使ったのだろう。妙なところに興味が湧いてしまう。
 要するに白いところを埋めていく作業だから、絵筆でぬり絵をしているようなものだ。学校で描いた水彩画のときとはまた違い、ペンキを塗っているような楽しさがある。これはやみつきになりそう。一日目はとりあえずこの下描きまでで時間切れになってしまったが、次回はいよいよ好きな色を使ってたっぷり遊ぶつもりだ。りんごよ、君は美しい!

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2007年6月 9日 (土)

ヘンリー・ダーガー

 昔、アルフォンス・マリア・ミュシャの美術展に行った後、絵の一場面が夢に出てきたことがある。「イヴァンチッツェの思い出」(1903)という絵だ。少年が両手を組んで夢みるように目を閉じている半身があって、その脇を鳥が群れをなして飛んでくるという構図。その奥には建物が見える。夢の中では、煉瓦づくりの校舎をバックに鳩の群れがこちらへ向かって飛んできた。それからすぐ目が覚めた。実際の絵は学校というよりむしろ教会の塔のようなのだが、それが夢の中でどうして学校になっていたのかはすぐにわかる。絵の前方に描かれている少年が少女漫画チックで、まるで『風と樹の詩』や『トーマの心臓』の一場面みたいなのだ(どちらもヨーロッパの全寮制男子校が舞台)。しかも少年はジルベールにそっくり。竹宮惠子や萩尾望都がミュシャから影響を受けたかどうかは知らないが、日本の少女漫画のような世界は海外にもあるのだなと妙に感心した覚えがある。
 なぜこんな昔のこと(たぶん20年ぐらい前)を思い出したかというと、先日ヘンリー・ダーガー展を見にいったからだ。ほぼ半年ぶりの美術鑑賞だったので、熱心に予習までして出かけた。ヘンリー・ダーガーはシカゴ生まれの人で、幼いときに両親を亡くし、妹と離ればなれにさせられたうえ、孤児院に入れられた。さらに知的障害があるとされ、障害児の施設に送りこまれた。したがって無教育のまま育った。しかし16才で脱走し、それから清掃員や皿洗いなどをしながら孤独と貧困の中に生き、81才(1973年)で亡くなった。しかし彼は大量の絵を残していた。それが今回の展覧会だ。苦しい人生を送っていたとは思えない明るい色づかいに驚く。そういう点ではゴッホを思わせる。薄い紙に水彩で描かれており、ほぼ必ずといっていいほどよく読めない文章が鉛筆で書き添えられている。
 主に描かれているのは少女たちだ。彼の思いえがく架空の王国では、いつも主人公は少女なのだ。それも、アメリカのコミックに登場するような少女である。雑誌の少女写真をコラージュしたものもある。少女が好みそうな花や苺や蝶や想像上の動物もカラフルに描かれている。しかしテーマは戦争だ。少女たちは敵と戦争をしている。残酷なシーンも数々登場する。なぜか葡萄の蔓に首をくくられて死にそうな少女もいる。両性具有の少女も見られる。非常に独特である。もし妹のことが忘れられなくて少女ばかり描いていたのだとしたら、彼は妹の運命を悲観していたのだろうか。もしくは一人でも強く闘い抜いてほしいと願っていたのだろうか。わからない。しかしこれが彼にとっての現実だったのだろう。知的障害と言われた彼だが、実は誰よりもはっきりと現実が見えていたのかもしれない。誰かが村上隆の作品との類似点を指摘していたが、確かに手法は似ていなくもない。しかし描かれている現実の残酷度が異なる。そういうわけで私は、これが夢に出てきた日には困ったことだと思ったのだった。

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2007年6月 7日 (木)

ブログ好きな日本人

 英語で書いているほうのブログにシンガポールのテレビ局の下請けから取材申し込みが入っていてびっくりした。英語で日常生活について書いている日本人ブロガーはそういないらしい。何しろ日本人はブログが大好きな国民で、世界のブログ人口の三分の一が日本人なのだという(NHKの番組でそう伝えていた)。この事実には本当にびっくりしたし、考えさせられた。ということは、英語がダントツで一番多いだろうが、おそらく日本語はそれに継ぐのだろう。驚く。日本人は「書く」ことがそれほどまでに好きなのだろうか? 

 日本人には感情や本心を抑えたり隠したりする習慣があるが、それは世界的に見ると特殊な文化だ。だから、そのフラストレーションをブログで吐き出しているのだろうかとも思ったりしたのが、どうも違う。あちこちのブログを回ってみると、怒りや愚痴を吐き出している様子はあまりない。ただみんな、これが面白い、あれがすごかった、と人に伝えたがっているようなのだ。一神教の国ではないので、他人とつながりたい欲求が強いのかもしれない。ただし、各国のブログを比較すると、日本人が一回に書く量そのものは比較的短いように思われる。「言葉少な」なのだ。外国の、特に英語のブログを見てみると、感心するのはその量だ。少女のブログであっても、これでもかというほどの行数で書いてある。もしそうでなければ写真と自己アピールがどっさりだ。大丈夫かと心配になるほど、すべてあっけらかんとさらけだしてしまう。日本人のブログは比較的要点がきっちりしていて、全体像だけはつかみやすい。

 日本は俳句に代表されるように、言葉が「簡潔」であることを美徳とする。私もそう教育されたし、ずっとそう信じてきた。でもアメリカに行ってみて常にこれが通用するわけではないことに気づいた。アメリカの教科書は、ぶあつい。でも一度読みさえすれば、すっと頭に入るようにできている。すべてではないが、できるだけ多くディテールを知ったほうがかえって理解が早まり、時間の節約になる分野もあるのだ。それは重要な分野、たとえば歴史だったり哲学だったりする。あたりまえのことだが、物事はわからなければおもしろくない。わかればおもしろい。そしておもしろければ、学習効果はずっと高い。本も、アメリカでは分厚い本のほうが売れる。逆に日本では薄い本ほど売れる。

 日本では、物事を単純化してわかりにくくし、つまらなくさせている例を(教科書だけでなく)多く見かける。意見を単純化してしまうと、個性が埋没しやすい。だから、ブログでも個性がなかなか見えにくくなる場合がある(人のことは言えないが)。もちろんそれでは誰にも読んでもらえなくなるので、ブロガーたちは他者の持っていない情報を提供して差をつけようとする。考えではなく、情報で勝負。でも情報を羅列し続けているよりも、書きながらでも自分の考えをできるだけ表に出し、意見をまとめていく作業をくりかえすほうが、頭の訓練にはいいはずだ。受け手にとっては、情報を提供しつつ自分の考えも書いてあるといちばんいい。

 このようにして若いときからブログを書き続ければきっとためになる。「書くこと」はすなわち考えることだ。何かのテーマについて書いてみると、そのことについてどれだけ自分が無知かわかるし、頭が整理される。次に何を知る必要があるのかがわかり、したがって向上しやすくなる。そして自分を知ることにつながる。特にブログで収入を得ようというのでなければ、若い人たちはぜひそうしてほしい。ともあれ、日本語の発信者が多いことはうれしいことだ。日本語を書こう。日本語を守ろう。

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2007年1月14日 (日)

りんごと私

やっとスタートした絵画教室。基礎をしっかりやる方針のところなので、最初の半年はデッサンばかりやることになりそうだが、ルソーに続くという野望をめらめらと燃やす私たちとしては、まさに望むところである。一日目の今日の課題はなんと、りんご。本物のりんご。基本中の基本だ。「まず手に持って重みを感じ、匂いもかいでみてください」と先生。できれば対象の中身の構造も知ったほうがいいそうだ。たとえば、りんごは種のせいで、上から見ると基本的に五角形になっているのだ。そうか、私はこれまでりんごをちゃんと「見」たことがなかったのだ、と気づかされる。

それから、りんごと格闘する二時間勝負だ。「輪郭を描かないで。影から描くように」と、さっそく先生から指摘が。確かに物体の輪郭を描かずに影だけを描いても、形は伝わる。そうか、物体は影でできているのか、と妙に納得する私。そういえば若かりし頃、物事の認識は比較から始まるという理論を聞いて、同じように深く納得した覚えがある。たとえば手をかざして、それを手だと認識できるのは、その手の色や質感が背景と比較すると異なっているからだ。言われてみれば当たり前のことである。そのように自己認識もおこなわれるのであり、したがって人は他者との関わりの中でしか自己を認識することはできない。ところで、みんなが同じような顔をして同じような行動をとりがちな日本では、自己が背景に溶けてしまい認識しづらい。そこで、人々は差別化のためにブランドバッグを持つ。またアニメやゲームの中の非常にわかりやすいキャラクターたちの世界に住み込んで自我を安定させようという試みが「オタク」であり、集団から切り離すことによって自己を消滅させようという疑似自殺的試みが「引きこもり」だ。

などと考えながら、りんご。描いているうちに、りんごはおいしい果物というより、複雑な構造を持つ前衛建築のように見えてくる。光の中で影をつくるから認識できる一個の存在。まるで人生のようである。影があるから現実がリアルになる。生は死があるから輝く。という感じで、頭であれこれ考えすぎるのもよくないのか、私のりんごはあまりおいしそうな仕上がりにならなかった。デッサンには集中力が必要なのに。実際、果物というより、鉄か何かでできたオブジェのようである。でも先生はほめてくれた(といっても全員ほめられているのだが)。私の今後の課題は「対象のまわりの空気感を出すこと」だそうだ。たしかに、りんご周辺のことまで考える余裕はなかった。ふと普段の生活態度のことをずばり指摘されたような気がして、息が止まる。いったん目標を定めると猪突猛進で、周囲のことを考えないこの性格が、短時間でささっと描いたデッサンにすらしっかり出ていたのである。ルソーへの道は長い・・・。

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2006年12月29日 (金)

クリスマスをRJと

私にクリスマスプレゼントをくれる人などいるまいと思っていたので、自分で自分へのプレゼントとしてアマゾンに注文しておいたのが、クリスマスが終わってから届いた。考えてみればクリスマスには配達が集中するのだから、もっと早めに手配しておくべきだったのだ。プレゼントは、ロバート・ジョンソンのCD。もともとブルースにはあまり詳しくなかったのだが、平本アキラの『俺と悪魔のブルーズ』を読んで以来、ぜひ聴きたいと思っていた。この漫画は主人公のロバート・ジョンソンのブルース修行に、なんと銀行強盗のボニーとクライドがからんでくるという仰天のストーリーで、当時のアメリカ南部がよく取材されているし、人物の見せ方も絵そのものもすばらしい作品だ。次の巻が出るのが実に待ち遠しい。

さて、そのRJことロバート・ジョンソンだが、キース・リチャーズやエリック・クラプトンが憧れ続けるほどの伝説のミュージシャンだったそうで、難しいと噂には聞いていたが、やっぱり私には難しかった。ピアノは弾いたことがあるものの、ギターを弾いたことはないので、どれだけ彼のテクニックが優れているかがピンと来ない。まさに豚に真珠である。でもRJの人となりについて漫画で読んでいたので、Crossroad BluesMe And The Devil Bluesなんかを聴きながら歌詞をたどると、絵が浮かんできて楽しめた。しかしそれは漫画のおかげであって私の感性によるものではない。

とはいえ、当時のアメリカ南部で黒人がどういう状況に置かれていたか、といった歴史的背景を私はたまたま知っていた。そしてそれを思い浮かべながら聴くと、喉の奥から絞り出すようなあの歌い方が、その歴史と妙に符号する感じがした。もしそのような聴き方をしていくなら、生半可な気持ちでは聴けない。というか、何度も噛んでスルメのように味わうべきなのだろうと思う。あと三十回は聴いてみよう。クリスマスに一度ずつ。そう思っている。

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2006年11月13日 (月)

絵画教室

 先日、絵画教室の体験レッスンにはじめて行ってみた。まともに絵を描くのは高校のとき以来である。それからずいぶんたってしまったが、何事も始めるのに遅すぎるということはない。あのルソーも四十才から絵を始めたそうだ。税関の職員だったルソーは仕事をやめると、まず模写にとりかかった。美術館に毎日通って写実的な絵をそのまま写しとる作業を続けたのである。という話を真に受けた私は、体験レッスンでも模写をやりたいと言い張り、野の草花を描きたいとか、パリの写真を絵に、などの人々の間で、夢のないビギナーとして一人浮いていた。

 模写の対象には、プロが描いた猫のスケッチを選んだ。さっそくスケッチブックを広げると、その一枚の紙の広いこと、そして白いこと。はじめてスキー板をはいて山の上に立った日の、雪の白さを思い出す。さえざえとまぶしい。あのときは脚が震えたが、今回は手が少し震えているようだ。目をしばしばさせながら、鉛筆でおそるおそるスロープを描く。そして頭を起こすと、あわてて消しゴムで消す。次は思い切って一気に曲線を引いてみる。でもやっぱり消す。そんなことを繰り返しているうちに、隣にいる友人はずんずん橋を描きすすめ、川もセーヌの流れに見えてきた。あせる気持ちを抑えつつ、失敗をおそれないでとにかく鉛筆を走らせてみた。すると、だんだん形になってきた。細かいところは難しいので、もやもやさせてごまかす。恐れていたほど下手くそでもないのは、きっと年の功だろう。あっという間に輪郭ができあがった。仕上げにささっと影をつけたら、できはどうあれ、とにかく生き物らしきものが誕生した。作品を眺めて感動していると、先生から「お、虎のような」という評価。確かにあまりかわいらしい猫にはならなかったが、一応ネコ科には見えたようだ。自分の中ではそれでよしとする。

 私たちは今後も絵のレッスンを続けることにした。精神的にすごくいいことがわかったからだ。完全に現実を忘れることができるので、ストレス解消になる。しかも続ければ上達し、作品が残り、達成感もあるのだから言うことなしである。月に二回ほどだが、数ヶ月続ければもうちょっとましになるだろう。そうしたら作品の写真をブログにもアップしたい。

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2006年10月30日 (月)

芸術した日

 上野の東京都美術館でやっている「大エルミタージュ美術館展」を見た。ロシアにはたぶん一生行くことはないだろうし、こんなチャンスは二度とないかもしれないと思ったのだ。休日だったので念のため午前中に行ったが、それでも結構混んでいた。もともと美術にはあまり詳しいほうではなく、ゴーギャンやルノワールやピカソがあるからというので関心を持ったのだが、実際には聞いたことのない画家の作品に強く惹かれ、そのせいで新しい名前をいくつか覚えることができた(ロベール、ヨンゲ、ジャック、クナウス、ケントなど)。絵画の世界に浸るのは久しぶりだったので感動も大きく、結果的には当たりだった。

 近くの国立西洋美術館ではベルギー王立美術館展もやっていたので、ついでに見た。ブリューゲルやルーベンスがあった。こちらももちろんすばらしい作品ぞろいだったのだが、絵をガラスで覆っていたのが残念だった。照明が白く反射して絵の全体がはっきり見えないのである。その点エルミタージュのほうは絵が全点むき出しで、しかも近くまで寄ることができたので感動もひとしおだった。安全のため、あるいは劣化を防ぐためにはガラスで覆うというのも仕方ないのかもしれないが、たとえばオルセー美術館のドガのパステル画は、劣化を防ぐためにガラスを使ってはいるものの、大きなショーケースの中に普通の商品のように展示してあった。これならガラスに張り付いて見ることができるので、映り込みを気にしないで済む。日本でもそうしている美術館はあるが、絵までの距離が遠いのが難点だ。

 美術館自体は国立西洋美術館のほうが好きだ。ところどころに座って休める場所が用意されているし、スペースがゆったりしていてほっとする。こんなちょっとしたことで、ずいぶん絵に対する親近感が違ってくる。誰だって静かに絵と一対一で対話したい。ところで、あまりのすばらしさに圧倒されたので、一緒に行った友人と油絵を始めようかという話になった。実は家族がかつて描いていた時期があるので、道具はひとそろい貸してもらえる。何につけても学習能力のない私であるが、プロの手ほどきを受ければ多少は向上するだろうか。いずれにせよ世界が少し広がった一日であった。

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2006年7月24日 (月)

アメリカの詩

 仕事が過渡期に入っていてなかなかじっくり厚い本が読めない。そこで久々に詩集を読んだ。リチャード・ブローティガンの『東京日記』。訳がよかったせいか、読後の満足度が高かった。

 あまり日本では知られていないが、実はアメリカの現代詩はとてもいいのだ。日本で翻訳がほとんど出ていないのが残念だが、詩だから肩肘張らずに原文で読めるだろう。とはいえやっぱり日本語でというなら、チャールズ・シミックやエリザベス・ビショップがおすすめだ。翻訳が出ている。他にも、もともと小説家として知られる人たちがどんどん詩を発表しているのも見逃せない。翻訳が出ているかどうかはわからないが、たとえばサンドラ・シスネロスの言葉の小気味よさは爽快なほどで、小説とはまた違ったおもしろさがある。さきほどのブローティガンも小説のほうが有名だが、両方読んでみるとやはりこの人は本来詩人なのではないかと思えてくる。

 なぜアメリカで優れた詩が生まれているかというと、理由はいくつも考えられるのだが、まずわかりやすいのは経済的な問題だろう。英語人口の市場が大きいので、たとえ詩集でもとにかく本が出せるようになればそこそこ生活していけるらしい。また詩人を財政的に支援するプログラムも日本に比べれば多い。

 さらに桂冠詩人の存在や詩の朗読会が多いことを見ても、普段から詩を読む習慣が根づいているのが感じられる。詩を読む人々の層の厚さは、たぶん日本とは比較にならないだろう。たとえばアメリカでは大学院に創作科というのがあって、そこから小説家や詩人が多く生まれるのだが、詩を専攻する学生の数は小説を専攻する学生の数とそう変わらないぐらい多いのである。これはあくまでも印象だが、創作科でいちばん人気がある分野はやはりフィクションだが、次が詩で、その次にノンフィクションやヤングアダルトが来るという感じだ。若い人の間でも意外なほど詩の人気は高い。

 アメリカの文化の多様性も、詩をおもしろくしている一因だろう。たとえばナオミ・シハブ・ナイやアイなど、マイノリティががんばっている。それぞれ個性が強いので彼らの発言にもつい興味をそそられるし、話題にことかかない。

 不勉強なことに日本の詩は中原中也ぐらいしか読まないのだが、その後の現代詩はどうなっているのだろう。俳句と短歌に押され気味な印象があるが、がんばってほしい。日本の出版社はもっと詩人を支援するべきではあるまいか。

 とにかくいまやっている早く仕事を片づけて、本が読みたい。

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2006年6月17日 (土)

変換お化け、参る。

最近とみにパソコンに向かう時間が長く、特に文章を書く機会が増えている。でもパソコンの機種を変えたばかりでキーボードのサイズにまだ慣れておらず、ブラインドタッチができない。それで自然とパソコン画面を見ずに文字入力をすることになるんだが、入力してから顔を上げるとへんてこな文章になっていることがよくある。

たとえば「ほんやく」と打ったつもりが「ほにゃく」になっている。この場合は変換キーを押すとちゃんと「翻訳」になるが(不思議。)、「ほにゃう」「ほなやく」までになると「補名役」などとされ、手がかかる。

いちばんよくやる失敗はこんな感じだ。「zねんたいが」(全体が、と打つ予定だった)、「はっpりょう」(発表)。このように、どこかにアルファベットが混じってしまう。私はこれが嫌いで、いつも距離を置いてつくづく眺めては「あな醜くし」と言い放って一気に消す。

間違えて打ったのについ変換キーを押してしまい、結果妙な熟語が立ち現れることを、私は「変換お化け」と勝手に呼んでいる。たとえばこれ。「言うまで喪無く」(言うまでもなく)。これは「言うまで」で一度Enterキーを押したがゆえに招いた失敗だ。喪が無いとは何やら物騒である。変換お化けが出たら本当はすぐにでもお祓いしたいところだが、忙しいのでなかなかそうもいかない。普段はただ「退散せよ!」と一喝して化け物を追い払うことにしている(たまに)。おろおろしているだけではますますとり憑かれるばかりだ。

でもそんな変換お化けのおかげで、間違いがなかなか味わい深い結果を生むこともままある。いくつかご紹介しよう。

「何電電書」(何ででしょう)

コンピューターが不思議がっている様子をよく伝える絶妙のコンビネーション。これが出てきたときは思わずパソコンに手荒な入力を詫びた。

「魏寿」(技術)

たたなずく古代日本を思わせうるわしい(中国の昔の国の名前だが)。魏は丸く盛り上がって高いという意味だそうだ。そのような寿だとは縁起がいいので気に入っているが、安寿と厨子王の悲劇も連想させる。子供の名付けには避けたい。

「鹿瀬衣」(可能性)

秋の日の情景が広がる。小川に水を飲みに来た若い牡鹿が、向こう岸につとあらわれた牝鹿と目が合う様子を思い浮かべたい。その川べりで木の枝にかかった絹の衣が風に揺れている。どこからか水のはねる音も聞こえてきた。一句できそうだ。

「欄金雨」(ランキング)

雨のように金がっ。と、むやみに人を興奮させるパワーを持つ。義満というより秀吉、秀吉というより陽成院だ。ややご乱心のようなので。それにしてもカタカナで変換キーを押す癖はなおしたい。

このような思いも寄らぬ作品に出会えるのも、何かを書いているうちに興が乗ってスピードが速くなり、間違いが増えるからだ。入力が面倒に思えるぐらい次々に文章が浮かんでくるときがあるが、そんなときにかぎって変換お化けがまたとない名作を生む。でも無意識にすぐ消してしまい、やっぱり記録しておけばよかったとつくづくあとで後悔することが多い。

また名作が生まれたらこのブログで発表の機会を持ちたいと思う。それにしても梅雨入りでじめじめしてきたせいか、妙なことが気になる。タイトルを見て期待して読んでしまったホラー好きの方、ご免三叉い(ごめんなさい)。

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2006年6月10日 (土)

横書き症候群

近年ずっとパソコンに向かう日々が続いているせいか、普通の本を読むスピードが遅くなっていることに気づいた。いや本を読むのが遅くなったというより、パソコン画面の横書きの文章を読むのが妙に速くなったのである。

昔から本を読むのは遅かった。なぜか本だと丁寧に一字一句理解しながら読む姿勢が身についていて、飛ばし読みができない。だからスピードは上がらず、一ヶ月に読める本の量もかぎられていた。ところがインターネットの場合は時間節約のため、できるだけすばやく要点をつかもうと流し読みをしてしまう。そのため横書きの文章を読むスピードが知らぬ間にアップしていたようだ。カナヅチなのに情報の海に放りこまれ手足をばたつかせていたら、いつのまにか泳ぎがうまくなっていた、ということらしい。以前から「もっと速く本が読めたらなあ」と思っていたのだから皮肉な話だ。要するに、一度は溺れないといけなかったわけだ。

こうなってみると、普通の書籍が横書きで読めればもっとスピードが速くなるのになあ、などとつらつら考えてしまう。それでいろいろ検索していたら、石川九楊という人が『縦に書け!』という本を書いているのを知った。読んだことはないが、どうやら横書きは日本人の精神を破壊すると言いたいようだ。縦に書くときと横に書くときでは思考回路が変わり、縦書きのほうが日本人らしい考え方になるらしい。これは、このブログの前回の話と似ている。母国語を使うときと外国語を使うときでものの見方が変わるという話だ。ひょっとしたらかなり重要なことなのかもしれない。

この本はいつか読んでみようと思っているが、もし先ほどの説が本当なら、科学論文を書くときは横書きで、天下国家を論ずるときは縦書きがよいのだろう。やっぱりニュースはインターネットではなく、新聞をとって縦書きで読みたい。もちろん詩は縦書きだ。

となると、ブログに縦書きという選択肢がないのは残念だ。縦書きのブログはいったいいつできるのだろう。そう思って検索したら、ちゃんと縦書きブログというのが存在していた。すばらしい。思わず感動して読んでみた。スクロールすると、巻物のようにちゃんと左から右へ画面が移動する。でも不思議なことに、どういうわけか読みづらい。目玉が酔っぱらいのようにふらふら左右に揺れて、文字をまっすぐ追っていけない。どうやら、パソコン画面を前にすると頭が徹底的に「横書き化」してしまい、急には切り替えられなくなってしまうようだ。

ちょっと背筋が寒くなった。

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