最近走っている。体力の低下を食い止めようと一念発起したのだ。常日頃深く悩んでいる肩こり対策でもある。血のめぐりをよくして、体を若返らせようというプロジェクトだ。しっかりジョギングウェアも買った(下だけだけど)。たいていは夕方ぐらいの時間に、近くの公園をひとっ走りして帰ってくる。景色を眺める余裕もなく、はっはっふっふっとひたすら前方2メートルぐらいの路上を見つめながら走っている。頭の中にはシェリル・クロウのRun, Baby, Runなんかが鳴っている。走っている途中、少しでもつらいと思ったら歩く。無理をすると、次のとき走りたくなくなるからだ。どれだけ走れるかより、どれだけ続けられるかのほうが大事なのだから、ちょっとでも嫌になったらすぐさま自分を甘やかす。しかも走るのは毎日ではなく一日おきか二日おきだ。
最初はさすがに年令を感じた。公園に着く前にもう歩かねばならなかった。思えば高校のとき以来まともに走ったことはない。あれからン十年もたっている。最初に走った日はさすがに体がびっくりしたらしく、しばらく腰が痛かったし、数日たったら筋肉痛にもなった。でも何回か走ると、驚くほど体が適応してくれたので感動した。おもしろいほど、どんどん距離が伸びる。私の体もまだまだ使えることがわかってうれしい。しかもジョギングを終え、汗をかいてぜいぜいふらふらと帰宅してから風呂に入ると、なんとも爽快である。本当ならここでクーっとビールを一杯やりたいところだが、仕事があるのでそれは我慢。そういえばここ数ヶ月、一日も仕事を休んでいないが、正念場なので仕方ない。
この仕事が終わったら、親友Mのいるニューヨークへ行くつもりだ。そうして乾杯するビールがいちばんうまいにきまっているから、それまでとっておく。私にとっていまやっている仕事は一つのステップアップであり区切りでもあるが、いまや会計士として個室と秘書を持ってバリバリ働いているMにとっても、五年というのは一つの区切りのはずだ。大志を抱いて語学の勉強のため一緒に某大学の図書館通いを始めたのがきっかり五年前。お互いによくやったねーっとこの五年間を振り返って思い出話をしたい。そしていちばんつらいときに一緒にいてくれたことに感謝もしたいのだ。でもよく思うのだが、感謝というのはそれが心からのものであればあるほど、どうお返しすればいいかわからなくなるものだ。形式的であればあるほどふさわしくないように思えるが、かといって何をやってもまったく足りないように思える。結局、途方に暮れる。
話がそれたが、ジョギングをして風呂に入ると肩こりが治っていた。これは画期的な体験である。頭の回転も少しよくなっているような気がする。ジョギングよりウォーキングのほうが体にいいという説をずっと信じてきたが、その信念も疑わしくなってきた。ジョギングにはまりそうだ。ひょっとしたら来年の二月は東京マラソンに参加しているかもしれない。こうなると夢はどんどんふくらむ。次はボストン・マラソンだ!