夏が来れば思い出す
やっと仕事が一段落。うれしい。
あまり音楽に詳しいほうではないが、夏になると、ジャニス・ジョプリンの「Summertime」とホリー・コールの「Calling You」とビートルズの「Strawberry Fields Forever」だけは聴く。夏のもやもやとけだるい感じには、日本語より英語のほうがぴったりくるが、どうしてだろうか。たとえば井上陽水の「少年時代」とか松任谷由実の「瞳をとじて」なんかは、夏の曲としてかなり好きではあるが、夏に聴くのではなく冬に聴く。夏にあこがれて聴くのだ。体ではなく頭だけが夏になる感じがするせいかもしれない。
ビートルズはそれほど好きではないのだが、上記の曲にはちょっとした思い出がある。大学生の頃、映画のサークルで頼まれて自主映画に出演していた頃のことがいろいろよみがえるのだ。そのサークルでは、まともな恋愛ものなんか誰もつくっていなかった(つまらないから)。そのかわり仮面ライダーとかホラーとか、何でもありだった。
そういうわけで、私の役はなぜかいつも殺人鬼とかで、おかげでライフルを構えるのがうまくなった。寺山修司に影響を受けていた監督の命令で、白いお面をかぶって渋谷の路上で舞ったこともある。その作品のテーマ曲がビートルズだった。そういえばあれも夏だった。いま思うと、よくあんな真似ができたもんだと思う。ほかに別の監督でゾンビの役をやったこともある。その監督は十年後に自殺した。天才だったのに。
思えば不思議な時代だった。あの頃はバブルだったはずだが、まったくそんな気がしなかった。大学へ行けばブランドもののバッグだらけだったし、女はボディコンだったし、男は車で通学する学生もいた。でもサークルにはなぜかそういう人々がいなかった。みんなお金がなくて、ださかった。私も、本ばかり読んで、ものすごくどんくさかった。大学にいてもどこにいても、いつも浮いているような気がした。その頃のことはなつかしいが、もう一度もどりたいとは思わない。昔の自分を思い出すだけで恥ずかしい。過去をすべて抹消してしまいたいぐらいだ。何かこせついて、どんよりしていた。時代のノリについて行けないというひがみもあったかもしれない。それに当時、自分がとてつもなく馬鹿だということにうすうす気づいてはいたが、実はそう捨てたものではないかも、とも思っていて、救いようがなかった。いまでも馬鹿だが、いまは自分が馬鹿だということがよくわかっている。すごい進歩だと思う。でも、いまの自分だったら映画に出演しなかっただろうし、そうすれば幻の天才監督たちにも会えなかっただろう、とも思う。夏になると、不思議とそういう青春を思い出す。
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